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7話. ゴシップの真ん中で

Author: 6jay
last update publish date: 2026-09-24 18:21:15

――損なわれていくのを、見たくなかった。

契約3日目になっても、その言葉が耳から離れなかった。

紗月は振り払うようにイヤリングを留めた。今日のガラは、ベンチャー投資業界とファッション業界が共同で開くチャリティーイベント。蓮が挙げた3回の公式日程のうち、最初の1つだ。

ドレッシングルームの外から、声がした。

「準備できたか?」

「もう少し」

鏡の前で、紗月は裾を整えた。貸し出し用のリストからは選ばず、リュヌの未発表のイブニングドレスを着ていた。

黒いサテンをアシンメトリーに裁ち、肩の線を見せている。動くたび、内側の深い青が細くのぞく。危機を隠すために派手に飾った服ではない。残すべき線だけを残したデザインだった。

扉を開くと、蓮がスマートフォンを下ろした。

何も言わなかった。

「契約上の恋人として、何か足りません?」

彼の目が肩から腰へゆっくりと下り、再び顔に戻る。

「いや」

「そんな顔で言われても、説得力がないんですけど」

「足りないから見てるんじゃない」

短い答えは、妙に率直だった。

紗月はクラッチバッグを手に、目をそらした。

「今日は借り物ではなく、リュヌの服です。聞かれたら、来シーズンの先行披露だと答えてください」

「サンプル番号L-27」

紗月が振り返った。

「そこまで覚えたんですか?」

「投資検討の資料にあった」

蓮は先に玄関へ向かった。

黒いタキシードに包まれた背中を見ながら、紗月は口を閉じた。契約相手の服を確認する投資家ならいるだろう。けれど、サンプル番号まで覚える投資家は、そう多くない。

車内で蓮が説明したのは、予定だけだった。フォトコール、主催者への挨拶、晩餐会。必要なときだけ、恋人らしく見えればいいという。

「腰や腕に触れるときは、先に合図する」

「どうやって?」

「車を降りたら、手を差し出す。ロビーまではカメラが追ってくるから」

「決定事項ですか?」

「予告だ。驚いて俺の手を払いのけたら、それも記事になる」

「それは少し、見てみたいですね」

「俺は遠慮する」

窓の外を向いたままの返事に、紗月は緩みそうな口元を引き締めた。

ホテルの入口には、報道陣が集まっていた。アルデンの一ノ瀬蓮が誰を連れて現れるのか。レンズが一斉に車へ向く。

先に降りた蓮が、手を差し出した。

紗月は少しだけそれを見つめ、手を重ねた。車から出た瞬間、フラッシュで視界が白く染まる。反射的に指を強く握ると、蓮はすぐに体の向きを変え、カメラから紗月を半ば隠した。

「ロビーまでは、つないでいてください。転んだら、一ノ瀬社長のせいですから」

紗月が先に言った。

彼の親指が、ほんの少し動いた。

「ああ」

フラッシュが、次々とはじけた。

* * *

会場に入って10分で、紗月は自分に向けられる評判の流れを読んだ。

かつては桐谷グループのひとり娘として招かれていた女。今は倒産寸前の小さなブランドの社長。その女が、投資業界で最も注目される独身男性の腕を取って現れた。

人々の関心は、慈善よりもその組み合わせにあった。

「桐谷さん、本当にお久しぶり。リュヌが大変だって聞いたけれど、お元気そうね」

中堅流通会社の社長夫人が、笑って言った。

「ご心配いただいたおかげで、服を作る体力は残っています」

「一ノ瀬社長に助けていただければ、すぐ持ち直すでしょう。やっぱり、ご縁は大切にしておくものね」

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